「介護福祉士が、なぜレイキ講師になったのですか?」
このブログを読んでくださっている方から、こうした質問をいただくことがあります。介護と聞くと「身体的な援助」、レイキと聞くと「スピリチュアルな癒し」と、一見かけ離れた分野に思えるかもしれません。
しかし、私にとってこの2つは、根っこの部分で強くつながっています。今回は、介護・福祉歴15年の私が、なぜレイキという選択肢にたどり着いたのか、その経緯をお伝えします。
この記事を読むことで
- 介護の現場で抱えていた課題
- レイキとの出会いのきっかけ
- 「介助」から「広い意味での福祉」への視点の変化
といった内容がわかるようになりますので、ぜひ最後までお読みください。
「人のしあわせ、ゆたかさ」をどう実現するか、という悩み
私は介護・福祉歴約15年になります。介護の現場で利用者さんと向き合う中で、常に考えていたのは「人のしあわせ、ゆたかさ」(=福祉)をどうやって実現すればいいのかという問いでした。
福祉とは、幸福。さいわい。現代では、特に、公的配慮による、社会の成員の物的・経済的な充足をいう。
介護という仕事は、目の前の方に直接手を差し伸べる直接援助(介助)が中心です。もちろんそれ自体はかけがえのない大切なものですが、現場で日々を過ごす中で「介助だけでは届かない部分があるのではないか」という思いも同時に抱くようになっていきました。
介護と介助の違いを理解すると、現場レベルでの「介護」不足に氣付く
介護と介助は、その意味を知るだけでは違いがわかりづらいものです。
例えば介護の意味を介護保険法で見ていくと、「要介護状態」(介護を必要とする状態)について書かれた文脈から「身体上又は精神上の障害があるために、入浴、排せつ、食事等の日常生活における基本的な動作の全部又は一部について、厚生労働省令で定める期間にわたり継続して、常時介護を要すると見込まれる状態」へのアプローチだと見えてきます。
この法律において「要介護状態」とは、身体上又は精神上の障害があるために、入浴、排せつ、食事等の日常生活における基本的な動作の全部又は一部について、厚生労働省令で定める期間にわたり継続して、常時介護を要すると見込まれる状態であって、その介護の必要の程度に応じて厚生労働省令で定める区分(以下「要介護状態区分」という。)のいずれかに該当するもの(要支援状態に該当するものを除く。)をいう。
介助は「病人、障害者、高齢者など、日常生活行動(ADL, Activities of Daily Living)、もしくは動作(リハビリテーションでは、日常生活動作という)、例えば入浴、食事、排泄、移動、衣服の着脱などといった最も基本的なものについて、自分で行える度合いの低いものについて援助すること」となり、
「介護は介助を含むアプローチ」 (介護 ⊃ 介助)
という整理がなされます。
介助(かいじょ)は、病人、障害者、高齢者など、日常生活行動(ADL, Activities of Daily Living)、もしくは動作(リハビリテーションでは、日常生活動作という)、例えば入浴、食事、排泄、移動、衣服の着脱などといった最も基本的なものについて、自分で行える度合いの低いものについて援助することをいう。
一方、介護と介助の違いを語源から見ると、それぞれの性質がより鮮明となります。
・介:助ける、仲立ちする、隔てる、挟む、依る、頼る
・護:まもる、かばう、防ぐ、大切にする
・助:力を貸す、たすかる、援助
介護:「介」+「護」=「たすけ、大切にする」→権利擁護(人権を前提)
介助:「介」+「助」=「たすけ、力を貸す」→自立支援(自立を前提)
語源から見た時、介護と介助の違いとは「大切にするのか、力を貸すのか」の違いだとわかります。例えば目の前の利用者に対して「その方の尊厳を守るための言動」は介護であり、「その方が生活していく力を支えること」は介助となります。
ここまでの内容が落とし込まれると、介護現場で重視される『介助』に対し、その背景にあるはずの『介護』すなわち「その人がその人らしく生きること」(=人のしあわせ、ゆたかさ)への実践が現場レベルで不足している現実が見えてきます。

伝わりにくい介護、求められる介助
文章か画像で説明されると「そういうことか」と伝わる『介護』ですが、いざ介護現場に出て見てみれば、報酬の設定された『介助』ばかりが求められる現実と向き合うことになります。
介護報酬(かいごほうしゅう)とは、介護保険が適用される介護サービスにおいて、そのサービスを提供した事業所・施設に対価として支払われる報酬である。
これは極端な話、報酬に定められたサービスを提供し、記録を残し、利用者の肉体が維持されていれば良いというものであり。過去私が勤めていた入所系高齢者施設では、地域社会からの要請もあって、ほぼ寝たきりである要介護5の方ばかりを一施設に集めて医療・介護を一元管理・提供していました。
そこでは決められた時間に決められたサービスを提供するのみで、利用者は1日の大半を職員の足音か持参された音楽をベッド上で聴くだけで過ごすようになります。応援で何度かその施設に行きましたが、あまりにも物静かで話すことすら禁じられているかのような空間でした。
自発的な職員の行動が求められることもなく、そうした機運も生じない。一人の利用者に対して決められた介助内容以上の、例えば親身な声かけや丁寧な対応を行えば、かえって注意される。その現場では利用者だけでなく職員も「何のための介助なのか」を理解できていない様子でした。
このように現場感覚として『介助』は利益を生むために必要だと体感できても、利用者の尊厳につながる『介護』は直接的な利益を生まないため、仕事として金銭にならない『介護』を自分の時間や労力を用いて行う理由が伝わりにくいのです。

「介助の手」が足りない現状は、より介助を求め、介護を後ろへ追いやる
現場あるいは社会から求められる介助は、もちろん重要です。介助なくして日常生活がままならない方々が年々増えつつある日本では、介護人材より前に「介助」人材を埋める方が先決だと言えます。
令和7年5月9日の厚生労働省「介護人材確保の現状について」における「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」と「介護職員数の推移」によれば、令和4年度の介護職員数約215万人から見たときの介護職員の必要数は
・2026年度には約240万人(約25万人不足)
・2040年度には約272万人(約57万人不足)
それぞれ介護職員が不足する見込みとなっており、現状介護職員数は「横ばいないし若干の減少傾向」にあることが伺われます。


現状のまま進めば、生命を維持するために『介助』がより強く求められる一方で、保たれた生命の価値を保障する『介護』が後ろへ追いやられます。そのため利用者が
「毎日生きること」(介助)
「その一日を、本人の価値に合うものにすること」(介護)
この二つが等価値で語られなくなる懸念を、現場で強く感じたのです。
仮に人間の構成要素を『肉体』と『精神』で分けるなら、「肉体保持である介助」と「精神衛生である介護」に偏りがあることは、肉体と精神の総和となる『生命』の健康やその価値を損なうのではないか。
そう悩むようになり、介護に関わるすべての人々の「心のあり方」を模索するようになったのです。

レイキとの出会い:「エネルギーの反応が良い」という一言
そんな中でレイキと出会うきっかけとなったのが、2021年2月、当時の職場の方に勧められて通うことになった整体の先生からいただいた、ある一言でした。
「ナカさんはエネルギーの反応が良いですね」
エネルギー療法も扱うその先生から、1年間施術を受け続けた中でかけられたこの言葉によって、「それならその『エネルギーの反応の良さ』を何かに使えないだろうか」と考えるようになりました。
ちょうど介護・福祉職として「人のしあわせ、ゆたかさをどう実現すればいいか」を悩んでいた時期でもあったため、自分の中にある感覚を、福祉の役に立てられないだろうかと考えるようになったのです。
そこから探すこと3ヶ月。「レイキ」という言葉に出会い、「レイキは1日にしてならず」と、地に足のついた内容で解説をしている団体とめぐり合うことができました。この出会いが、現在の活動の出発点になっています。
初級・中級・上級を通じて変わっていった視点
2021年5月、初級講習で伝授(アチューメント)を受けた際、自分の手から「何かがある」感覚がした瞬間の驚きは今でも覚えています。科学一辺倒の「正しさ」の世界と、それまで知らなかった世界が交わった感覚でした。
そこから中級講習で他者へのレイキを学び、様々な方にヒーリングをさせていただく中で、上級講習で聞いた精神性の話が、実践を重ねるうちに少しずつ自分の実感として統合されていきました。
「周りを変えることはできないが、自分を変えることはできる」
「他者のことを考える前に、自分のことを大切にする」
「過去や未来に囚われず、『今ここ』をどう懸命に生きるか」
こうした氣付きが積み重なる中で、私の中で福祉の捉え方そのものが変化していきました。それまでの介助や支援が、「どうすれば自分も、みんなも幸せに、豊かに暮らせるか」という、より広い意味での福祉へと広がっていったのです。

「介助」から「氣付きを得られる場所」へ
介護の現場では、目の前の一人ひとりに手を差し伸べることができます。しかし、それだけでは解決しきれない課題があることにも少しずつ氣付いていきました。
「目の前の人を助けることも大切だけれど、『人を救いたい人』の考え方から変えていかないと、お互いに自立できずに問題を生み続けてしまう」
そうした思いを抱くようになり、「まず自分を癒し、そして人々にはレイキを通じて『氣付き』を得られる身近な場所が必要だ」という結論にたどり着きました。これが、ヒーリングサロン&スクール「明璃-あかり-」の立ち上げにつながっています。

現在、ヒーリングサロン&スクール明璃-あかり-では
・ブログでの情報発信
・レンタルスペースでのレイキヒーリング、レイキ伝授、実践会、各種講座
・出張ヒーリング、レイキ伝授、講座
・遠隔ヒーリング
・占い(掌数脈学)、キャンドル等販売
これらを主に行なっています。それぞれのサービス内容はこちらに、サイト全体の活用方法は以下の記事を参照してください。
【まとめ】介護とレイキは、同じ「福祉」への異なるアプローチ
今回は、介護福祉士である私が、なぜレイキという選択肢にたどり着いたのかについてお伝えしました。
【今回のポイント】
- 介護の現場で「人のしあわせ、ゆたかさ」をどう実現するかを悩み続けていた
- 「エネルギーの反応が良い」という一言をきっかけに、レイキと出会った
- 初級・中級・上級と実践を重ねる中で、直接援助から広い意味での福祉へと視点が広がった
介護は「目の前の人への直接援助」、レイキは「気付きを得られる身近な場所づくり」。アプローチは異なりますが、どちらも「人のしあわせ、ゆたかさをどう実現するか」という、私にとって同じ問いへの答えなのです。
[付記]レイキと介護についてより深く知りたい方へ
今回の記事を読んでレイキや介護についてより深く知りたくなった方へ、以下を御案内します。
【レイキを深めたい方へ】
レイキをより深く知りたい方には、レイキに関して努めて科学的・論理的に情報をまとめた自著『氣付きと癒しのレイキ -次にわたしが選ぶヒーリング』がお勧めです。
レイキヒーリングにおいて重要なのはレイキの知識とレイキを扱う感覚です。そのどちらもが偏らないように記された本となります。どのような内容かを先に知りたい方はこちらの記事を参照してください。
【介護を深めたい方へ】
介護を深めたい方には、私の介護ブログや自著『お互いにありのままでいられる「想い紡ぐ介護」への招待』がお勧めです。介護現場で15年積み重ねてきた知識・哲学を余すことなく記した内容となっています。
介護の本質とは「『生命の価値』の保障」であり、その生命が現代社会でどのように扱われているか。それを受けて私たちはこれから何をすべきか。自分や大切な人々、次の世代をどのように介け護るのか。その内容を先に知りたい方はこちらの記事を参照にしてください。
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