これまで「レイキ×介護」シリーズでは、五戒の「今日だけは怒るな」「今日だけは心配すな」「感謝して」についてお伝えしてきました。今回は、この3つと少し性質の異なる教え、「業をはげめ」を取り上げます。
「業」という言葉から「苦しい修行に耐えなければならないのか」と身構えてしまう方もいるかもしれません。しかし、この教えが本当に伝えたいことは、そうした厳しさとは少し違うところにあります。
この記事を読むことで
- 「業をはげめ」の本当の意味
- 介護の日々が「修行」だと捉え直せる理由
- 「今、目の前のことに集中する」という視点の活かし方
といった内容がわかるようになりますので、ぜひ最後までお読みください。
「業をはげめ」は、苦行をしろという意味ではありません
レイキの五戒は「招福の秘法 萬病の霊薬」に続き、次のように伝えられています。
今日だけは
怒るな
心配すな
感謝して
業をはげめ
人に親切に
この中の「業」という漢字を見ると特別な修行や、苦しい鍛錬をイメージするかもしれません。しかし、レイキの実践者の間で語り継がれている解釈では「業」とは特別な修行のことではなく、日々の暮らしそのものを指すとされています。
つまり「業をはげめ」とは「今日という一日、目の前にあることに丁寧に取り組みなさい」という意味であり、何か特別な苦行を課すものではありません。今この瞬間になすべきことを大切にする。それ自体がこの教えで言うところの「業」であり「修行」なのです。

介護の毎日は、まさに「業」そのものだった
この視点に立つと、介護という営みはまさに「業をはげめ」を体現している時間だと気づかされます。
食事の介助、着替えの手伝い、体調の変化への気づき。介護には、特別なことをする瞬間よりも、同じような毎日を、目の前の一つひとつに向き合いながら積み重ねていく時間の方が、ずっと多くを占めています。
「毎日同じことの繰り返しで、何も変わらない」と感じてしまう瞬間があるかもしれません。しかし、レイキの教えに照らすならば、その「同じことの繰り返し」こそがまさに『業』なのです。派手な出来事や大きな達成がなくても、目の前の一つひとつに丁寧に向き合う日々そのものが既に十分な実践であり、修行だと捉え直すことができます。

注意したいこと——「修行」が介護の主目的ではない
毎日繰り返される介護、その一つひとつを丁寧に行うことで「招福の秘法 萬病の霊薬」であるレイキ五戒の『業をはげめ』が実践され、心身の健やかさへとつながっていく。介護をレイキの教えに照らし合わせて見ると、このように解釈できます。
しかし、ここで注意しておきたいのは、レイキの五戒による成果は実践者当人の自覚によるものであり、介護の主目的ではないということです。介護の主目的は、あくまで日常生活が困難となった方がなるべく自分の力で生活していけるように手伝うこと。レイキの教えが活かされるのは、その手伝いをする介護側の『介護の捉え方』に対してです。
ともすれば介護を苦行のように感じる方も少なくなく、日々の営みに怒りや不安を感じてしまう場合があることは、以前お話しした通りです。それらの感情の背景には「私は何のために介護をしているのか」という根本的な問いがあり、その解の1つにレイキの五戒がある、という話です。

「感謝して」と「業をはげめ」、それぞれが独立した教え
五戒の原文をたどると、「怒るな」「心配すな」「感謝して」「業をはげめ」「人に親切に」はそれぞれが独立した一行の教えとして遺されており、そのすべてに「今日だけは」という言葉がかかっています。一部の紹介記事では「感謝して、業をはげめ」と一行にまとめて書かれることもあるようですが、本来は別々の教えだと捉えるのが正確なようです。
とはいえ、隣り合って並べられているこの2つには通じ合う部分もあると感じています。
前回の記事でお伝えした「感謝」は、過去や現在の状況そのものを無理に良いものと思い込むことではありません。そのうえで「業をはげめ」もまた、『今できることに目を向け、それに向き合う』という姿勢を示す教えです。両者は一つの教えというよりも似た方向を向いた、それぞれ独立の教えと捉えるのが良さそうです。
過去の出来事や将来への不安に気持ちを向けすぎず、今、目の前にあることに集中する。これは、以前の「怒り」「心配」の記事でお伝えした「今日だけは」という考え方とも根本でつながっています。
感謝も、業も、心配も、怒りも、それぞれ独立した教えでありながら、すべては「今、ここ」に意識を戻すための教えとして、同じ方向を向いているのです。

「今日の業」を、少しだけ意識してみる
最後に、この教えを日々の介護の中で活かすための簡単な視点をご紹介します。それは、「今日、自分が向き合った一つひとつを『業』として認識してみる」ということです。
- 今日、親の話をゆっくり聞く時間を持てた
- 今日、いつもより丁寧に着替えの介助ができた
- 今日、小さなことでも、変化に気づけた
こうした一つひとつは、決して特別なことではないかもしれません。しかし、レイキの五戒に照らせば、これらはすべて「業をはげめ」を実践している証です。
大きな成果や変化を求めるのではなく、目の前の一日を丁寧に生きること自体に既に意味がある。そう捉え直すことで、日々の介護に対する見方が、少し変わってくるかもしれません。

【まとめ】特別な修行ではなく、今日という一日そのものが「業」
今回は、レイキの五戒「業をはげめ」について、介護の視点から解説しました。
【今回のポイント】
- 「業をはげめ」は苦行を課す教えではなく、日々の暮らしそのものを大切にするという意味
- 介護における「同じことの繰り返し」は、まさにこの教えでいう”業”にあたる
- 「感謝して」と「業をはげめ」は、”今できることに向き合う”という一連の姿勢としてつながっている
- 今日向き合った一つひとつを”業”として捉え直すことで、日々の見え方が変わってくる
派手さのない毎日の積み重ねにこそ意味がある。
レイキの五戒は、そんな視点をそっと教えてくれます。
[付記]レイキと介護についてより深く知りたい方へ
今回の記事を読んでレイキや介護についてより深く知りたくなった方へ、以下を御案内します。
【レイキを深めたい方へ】
レイキをより深く知りたい方には、レイキに関して努めて科学的・論理的に情報をまとめた自著『氣付きと癒しのレイキ -次にわたしが選ぶヒーリング』がお勧めです。
レイキヒーリングにおいて重要なのはレイキの知識とレイキを扱う感覚です。そのどちらもが偏らないように記された本となります。どのような内容かを先に知りたい方はこちらの記事を参照してください。
【介護を深めたい方へ】
介護を深めたい方には、私の介護ブログや自著『お互いにありのままでいられる「想い紡ぐ介護」への招待』がお勧めです。介護現場で15年積み重ねてきた知識・哲学を余すことなく記した内容となっています。
介護の本質とは「『生命の価値』の保障」であり、その生命が現代社会でどのように扱われているか。それを受けて私たちはこれから何をすべきか。自分や大切な人々、次の世代をどのように介け護るのか。その内容を先に知りたい方はこちらの記事を参照にしてください。
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